満ちた月の夜編
僕のお店に来るお客さんは、多くはない。
なんせ、ここは都会の喧騒を離れた森の中だからね。看板に気付いた方は、よく周りを見てるなあと思う。
たまに、迷って来るお客さんも、居るんだけどね。
今夜は満月らしい。
カランカラン
「いらっしゃ…」
『もう。何言ってるんですか?祐月さんが、今日はお店閉めるって』
「…そうだった。看板、ありがとね」
『いえいえ~』
このお店には天窓がある。
こんな満月の夜くらい、たまには詩歩とゆっくり過ごしても良いじゃないか。そんな風に思っていることを彼女は知らない。知られては、いけない。
「適当に片付いたら、何か作るよ」
『じゃあ、片付ける前に作ってください』
「…そういうことじゃなくてさ」
『わかってます~。』
この他愛もないやり取りがあるだけで、僕は、幸せに感じる。
『何ですか?祐月さん。あたしのこと見ててもダメですよ?』
「…え?」
『ち・ゃ・ん・と!片付けしてください!』
「は、はい。します」
コトコト
「ところで、どうしようか」
『アイス食べながらお月さま見たいなぁ』
「ははは、お姫様じゃないか」
『良いじゃないですか、たまにはー』
「フフフ。じゃあ、君にはこれをあげよう」
『…?』
「カフェ特製、月の夜アイス」
『…相変わらず、クサいですよね』
「…良いだろ。」
『ふふふ』
美味しいから良いって、君が言うから、きっと今夜も幸せな夜だ。
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