僕らの初めての夏は、ふたりで浴衣を着て、
隅田川花火を見に行くことを、随分前から決めていた
昨晩は、スミノフなんて呑んだせいで
君はふらふらになったし
僕もそれなりに出来上がったから
ようやく起き上がった頃には
お昼をすこし過ぎてしまっていた
自分の用事は、僕を差し置いてでもこなすのにと
小言を零して、君は謝るけれど
僕が聴きたいのは、ごめんじゃない
そんな小競り合いが、ここのところ続いている
「仲直りしよう」
今朝も言われて、僕は問い返す
「何の仲直り?」
仲を直すことも大事だけれど
駄目だと思ったことを解決しないと
この仲直りは意味を成さない
こういう話をする度、
君が思い出になってしまうんじゃないかって
怖くなってしまう
そうならない保障なんて、どこにもない
でも、言わない優しさが、あんまりないことを
誰より知ってる僕らだから
すこしずつでいい
僕は君のこころのうちを知っていきたいし、
君に僕のこころのうちを知って欲しい
ちゃんと分かちあいたい
浴衣なんて去年ぶりで、着方なんて忘れていたから
君に言われるまで、身頃が逆なことに気づかなかった
急いで貝の口までやり直す
—あとで調べたら、どっちも右前で合ってて
直さなくて良かったらしい—
急ぐ理由は、もうひとつ
君の浴衣を、僕が着付けることになったからだ
一度もやったことがなくて本当に焦ったけど
動画で見ると案外あっさり出来てしまうもので
我ながら器用なもんだと関心したし
久々に着たからか、君は満足そうにしていた
どう見ても綺麗だった
打ち上げまで3時間を切っている
駅まで、ふたりで並んで歩く
下駄の足音で隣を確かめるのは、なんかくすぐったい
そんな些細な特別達で、僕らは生きていると思う
電車の中は、同じ目的地に向かうひとで満たされていく
立ちっぱなしは回避できなくて
途中で降りて腹拵えをすることにした
前に買いそびれたアクセサリーのポップアップを見つけて
道すがらだと寄ってしまったのは
僕らの空腹にとって、とんでもない凡ミスになる
そう。腹拵えが、ついでになった
好きだから僕も見てしまうけれど、
打ち上げ時間が、刻一刻と迫っている
何とか急かして、結局、最初のひとつに決めた
目の前のクレープ屋で、すこしだけお腹を満たす
撮って、と言われて、シャッターを切る
ちょっとだけキメ顔で、つい笑ってしまう
肝心のクレープは、甘過ぎなくて美味しかった
なるべく君と手を繋ぐ
逸(はぐ)れたくない以上に
淋しくもなくても、もっと触れていたくて
13cmの身長差以外、離れたくなかった
着いたら、丁度始まった
打ち上げ会場までは、まだまだ遠い
群がる人と地図を交互に見て先を急ぐ
お互いが不意に向けるスマホカメラに
僕らは、笑って映る
ふたりのときは、笑いあって映る
「かき氷とかラムネとか欲しいですね」
「そうだね、買えたらいいね」
屋台なんて、混み合って絶対買えないと思っていたのに
ポツンと空(す)いているかき氷屋があった
ラムネ味のシロップだけかと思って振り返ったら
ピーチ味を追いシロップしていて、
君の面白いところを見れたと喜んだのも束の間
すぐに混ざってピーチラムネ味になってしまう
去年は、テレビの向こうだった
そもそも君にも出会ってすらなかった
だから、それでも全然良かった
僕らの周りは高いビルのせいで、一輪も見えない
花火の音だけ、ずっと耳に入ってくる
かき氷を持ったまま、留まる場所を探していた
ようやく隙間を見つけて座り込む
アスファルトは夏の熱気で、熱いままだった
見上げた夜空に、都会の街明かりに負けない輝きが
いくつもいくつも消えては上がっていく
君の顔は、ほんのり照らされているだけなのに
どうしてこんなに鮮やかなんだろう
もっとちゃんと見せてあげたい
いま出来ないことが、明日は出来ますようにと願った
春雷のような激しい閃光のあと、
清流を舞う蛍のような花火が上がった
君は見惚れている
花火のタイトルやストーリーなんて、
どれくらいのひとが気にしているだろう
綺麗だなあ、だけで終わって欲しくないのは
僕も君も、同じかもしれない
最後の1発が散るまで、ふたりで見上げる
帰り道は、思った程混まなかったけど
歩幅を合わせて、そっと支える
僕は、君の手を握ったまま離さないでいた
初めて出会ったころを思い返す
素直とか優しさとか、まだ重ねあえなかった言葉とか
勝手に救われた日のこととか、傷つけあった日のこととか
未来の話が嫌いだったのも、ごめんばっかりだったのも
きっといまでは、もう変わってる
僕らは、変わっていい
2度目のない、ことしの隅田川花火を
その真下で、この世界で最愛の君と見られて
とても幸せだって
来年もねって、言いあえるふたりになったことを
やっぱり幸せだって、伝えたいんだ。
—隅田川花火—