Poem

今夜は知人に、彼氏はいるのか聞かれたと言う


「なんて答えたの」

「大切なひとがいます、って言いました」

「いいじゃん」


ただ、どこで出会ったのかと聞かれて

はっきり答えなかった上、

そもそも“彼氏彼女”とは違うと返して、

話を拗らせてしまったようだ


ふたりの関係を誰かに説明するのは

君にとっては、とても難しいことらしい

そして、君の隠しごと精神は、

どうやら僕にも適用されるらしかった

それは、僕が君の中で大切なものとして

扱われているのと同義だと思った


「誰かひとりを大切にしたくないんです」

以前にも、君が言っていたことだ

「大切がいっぱいあるのがいいんです。

 一番とか決めたくないんです」

「でも、それが僕らみたいにならないでしょ?」

「そうですね」

「『唯一です』って、言ってくれたひとがいるんですけど」

「それ、いいじゃん」

笑いながら返してみたところで

「でも、唯一って、みんな唯一だし…」


君の中でも、葛藤がある

僕という存在は、君の唯一ではあっても

一番にはなれないし、ならないことは

もう分かっている

この先、変わらないとも限らないけど


「貴方に愛されてるなって、分かってるんです」

その後ろに“けど”が見えて

「僕に愛されるの、怖い?

 それとも、愛されたぶん返さなきゃとか思ってる?」

「怖くは、ないですけど…」


僕も、君に愛されているとは思う


いろんなひとを大切にするのは、悪いことじゃない

でも、自分だけもらってばかりじゃ駄目な気がする

器用じゃない君が、それぞれに隠すことを選ぶなら

君の言う“バランス”は、きっと崩れてしまう


「僕らって、端的にいうならパートナーってことでしょ」

「そうなんですけどね」


やっぱり、けど、だった。


—僕と君の現在地—

僕らの初めての夏は、ふたりで浴衣を着て、

隅田川花火を見に行くことを、随分前から決めていた


昨晩は、スミノフなんて呑んだせいで

君はふらふらになったし

僕もそれなりに出来上がったから

ようやく起き上がった頃には

お昼をすこし過ぎてしまっていた


自分の用事は、僕を差し置いてでもこなすのにと

小言を零して、君は謝るけれど

僕が聴きたいのは、ごめんじゃない

そんな小競り合いが、ここのところ続いている


「仲直りしよう」

今朝も言われて、僕は問い返す

「何の仲直り?」

仲を直すことも大事だけれど

駄目だと思ったことを解決しないと

この仲直りは意味を成さない


こういう話をする度、

君が思い出になってしまうんじゃないかって

怖くなってしまう

そうならない保障なんて、どこにもない

でも、言わない優しさが、あんまりないことを

誰より知ってる僕らだから

すこしずつでいい

僕は君のこころのうちを知っていきたいし、

君に僕のこころのうちを知って欲しい


ちゃんと分かちあいたい


浴衣なんて去年ぶりで、着方なんて忘れていたから

君に言われるまで、身頃が逆なことに気づかなかった

急いで貝の口までやり直す


—あとで調べたら、どっちも右前で合ってて

 直さなくて良かったらしい—


急ぐ理由は、もうひとつ


君の浴衣を、僕が着付けることになったからだ

一度もやったことがなくて本当に焦ったけど

動画で見ると案外あっさり出来てしまうもので

我ながら器用なもんだと関心したし

久々に着たからか、君は満足そうにしていた

どう見ても綺麗だった


打ち上げまで3時間を切っている

駅まで、ふたりで並んで歩く

下駄の足音で隣を確かめるのは、なんかくすぐったい

そんな些細な特別達で、僕らは生きていると思う


電車の中は、同じ目的地に向かうひとで満たされていく

立ちっぱなしは回避できなくて

途中で降りて腹拵えをすることにした

前に買いそびれたアクセサリーのポップアップを見つけて

道すがらだと寄ってしまったのは

僕らの空腹にとって、とんでもない凡ミスになる

そう。腹拵えが、ついでになった


好きだから僕も見てしまうけれど、

打ち上げ時間が、刻一刻と迫っている

何とか急かして、結局、最初のひとつに決めた

目の前のクレープ屋で、すこしだけお腹を満たす

撮って、と言われて、シャッターを切る

ちょっとだけキメ顔で、つい笑ってしまう

肝心のクレープは、甘過ぎなくて美味しかった


なるべく君と手を繋ぐ


逸(はぐ)れたくない以上に

淋しくもなくても、もっと触れていたくて

13cmの身長差以外、離れたくなかった


着いたら、丁度始まった


打ち上げ会場までは、まだまだ遠い

群がる人と地図を交互に見て先を急ぐ


お互いが不意に向けるスマホカメラに

僕らは、笑って映る

ふたりのときは、笑いあって映る


「かき氷とかラムネとか欲しいですね」

「そうだね、買えたらいいね」


屋台なんて、混み合って絶対買えないと思っていたのに

ポツンと空(す)いているかき氷屋があった

ラムネ味のシロップだけかと思って振り返ったら

ピーチ味を追いシロップしていて、

君の面白いところを見れたと喜んだのも束の間

すぐに混ざってピーチラムネ味になってしまう


去年は、テレビの向こうだった

そもそも君にも出会ってすらなかった

だから、それでも全然良かった


僕らの周りは高いビルのせいで、一輪も見えない

花火の音だけ、ずっと耳に入ってくる

かき氷を持ったまま、留まる場所を探していた


ようやく隙間を見つけて座り込む

アスファルトは夏の熱気で、熱いままだった


見上げた夜空に、都会の街明かりに負けない輝きが

いくつもいくつも消えては上がっていく

君の顔は、ほんのり照らされているだけなのに

どうしてこんなに鮮やかなんだろう

もっとちゃんと見せてあげたい

いま出来ないことが、明日は出来ますようにと願った


春雷のような激しい閃光のあと、

清流を舞う蛍のような花火が上がった

君は見惚れている

花火のタイトルやストーリーなんて、

どれくらいのひとが気にしているだろう

綺麗だなあ、だけで終わって欲しくないのは

僕も君も、同じかもしれない


最後の1発が散るまで、ふたりで見上げる


帰り道は、思った程混まなかったけど

歩幅を合わせて、そっと支える

僕は、君の手を握ったまま離さないでいた


初めて出会ったころを思い返す

素直とか優しさとか、まだ重ねあえなかった言葉とか

勝手に救われた日のこととか、傷つけあった日のこととか

未来の話が嫌いだったのも、ごめんばっかりだったのも

きっといまでは、もう変わってる

僕らは、変わっていい


2度目のない、ことしの隅田川花火を

その真下で、この世界で最愛の君と見られて

とても幸せだって

来年もねって、言いあえるふたりになったことを

やっぱり幸せだって、伝えたいんだ。


—隅田川花火—

玄関の開(ひら)く音が待ち遠しいのは

僕を帰る場所だって、言ってくれたからだった


それでも、こころ細くなってしまうことがある


言わない余白は、言わないままで

知らない余白は、知らないままで

無条件に守ってあげられたらいいのに

そんなふうに強くありたいなあ


君のことを信じていたいのに、僕のことさえ聴いてくれない

この憂いは、どうしたら消えてくれるのか分からない

重ねてきた言葉だけじゃ全然足りなくて

ふたりになってからなんて

人生の云十分(ウンジュウブン)のイチしか経ってないんだから

重ねてきた時間なんて、そりゃ当然足りてなくて

いくらお互いに想ってたって

すべて思うようには、なれないよな

でも、きっと僕が至らないだけなんだろうな


今夜も、もうすぐ君が帰って来る


会えるって感覚が、僕には未だにある

失くしたくないとは思うけど

それなりに一緒にいて、ちょっと寂しいなあとも思う


だから


「おかえり」は、会いたかったよりも

今日もよく頑張ったね、お疲れさまって意味で言いたい

今夜もここに帰ってきたって安心感で、迎えたい


ふたりの余白を、淡く確かに染めていくように。


—帰る場所—

どうにも考えごとが頭を駆け巡ってしまって

気付いたら外は、薄明るくなっていた

君はずっと、僕にしがみつくように寝ている

眠れなかった理由は、それではないけれど

そうしないといけないような

夢でも見ているのかもしれないと思った


出来ることなら安眠していて欲しんだけど

いつもそうとはいかなくて、なんだかもどかしい


孤独じゃないのに、こころ細くなる

眠ってしまえばいいって言った

君の理屈は、最適解かもしれないのに

やり過ごす手段として選べなかった

普通に生きていられたら

まずこんなことで悩むことなんてないのに

そう返事して困らせてしまうことだって

普通に生きていられたら、きっとないのに


ただ僕は、普通のひとを演じられても

なれそうにはないというか、多分なれない


僕は僕だけを守って満足するような

そんな人間にもなれなかったし

君だけを幸せにできればそれでいいって

思えるような人間にもなれなかった


目には見えない傷だらけでも

生きてしまったのは、僕だから

見つけてくれたのは、君だから

背中あわせになった夜でも

億劫になりながら差し出しあった後ろ手を

ちゃんと探し出して、そっとふたりで眠りたい


起きたら炊飯器のスイッチ入れなきゃなあ

炊き立てのご飯を一緒に食べるんだ…


やっと来てくれた眠気に、身を任せた。


—眠気—

夏、窓の向こうに浮かぶ雲を

自由でいいなあと眺めてしまうときがある

どれだけ変わっても自分は自分だって

そう言われてる気がする

突き放されてるような

認めてくれてるような

なんだか複雑怪奇な気持ちだけど


昨晩の君は、1時間半も早く僕の部屋をノックした

生活の部分を相当頑張って済ませたことは、想像に難くない

足が疲れたというので、ほぐしていると

ここのところ削られていた睡眠時間を取り戻すように

寝息を立てて寝始めた

僕も横になると、君は自分の温度をそっと分けてくれる


お陰で、とてもよく眠れる


起きるのは、当然僕の方が早い

君をむにゃむにゃワールドから引き戻すためには

10分のスヌーズを2回掛けないといけない

でないと、僕のルーティンが間に合わないし

朝食の始まりが遅れてしまうからだ


今日もギリギリを攻めようとする君を

なんとか起こして支度に向かわせる

残念ながら、僕の食卓遅刻は確定だった


忙しなく支度をして、ふたりで食卓を整えて

朝食を取りながら、明日以降の話をする

決して多くないふたりの時間は

1秒足りとも無駄にしたくない

話がまとまるかどうかより、

話すことそのものの方が大切だと思っている


忙しなかった分、余裕を持って片付けられた

変な電話こそあったけど、もうどうでも良かった


12時過ぎ、すこし早く玄関に向かう

出発定時まで、あと10分ほど

自室と廊下と洗面台をバタバタ駆け回る君を横目に

読書をするのが僕のルーティンだ

愛読書のタイトルは、言うまでもない


支度を済ませた君が自室を飛び出したところで、栞を挟んだ


外の日差しは夏本番の様相で、僕は日傘に君を入れる

雨の日の相合傘なら青春なのになあって思う

茹だる暑さに、身体を溶かしそうになりながら

どうにか駅に辿り着いた


いつも通りに君を見送る

僕も、僕の予定に向けて、炎天下を歩き出した。


—夏雲—