Poem

「君にとって、僕は何?」


これまで何度か聴いてきた

この台詞は

君との現在地を確かめるものだ

決して面倒臭い人間を演じたいわけじゃない


いつもと同じ帰り道のこと

「今夜は久々に触れたいです」

「そんなに久しぶりだっけ?」

口にしながら、ふっと周りを見渡してしまう

そんな必要は、きっとない

ありふれた営みを恥ずかしいことだって

隠さないといけない方がおかしい


その直後の言葉に

僕は思考をフリーズすることになった


「貴方が欠かせない存在になってしまいました」


大きく目が開(ひら)くのが自分でも分かった

とりあえずキスしようとして

「帰ったらね」

狡い目をして、優しく窘(たしな)められる

「家族にだって、そんなこと言われたことないよ」

「え?なんのことですか?」

聞き間違いかと思ったけど、そうではなかった

手前の話を引きずっていたらしい

「それは、さすがに家族に言われたくないな」

笑い出した僕を

「そうですね」と一緒に笑う


外では、という意味と

親には、という意味を兼ねているから

ここで言う“家族”は

僕らふたりのことではない


「私が壊れそうになったら、ちゃんと守ってください」

「うん。そうならないように努力するよ」


君が僕に何をしても、怒りも叱りもしない

好きだから目を瞑ってるわけでも

愛してるから許してるわけでもない

ただ僕らは、“ふたり家族”として

守らなければならないものを守っていたいだけだ


「貴方って、本当に私のこと好きですね」

「ああ、そうだよ」

すこし拗ねたように言ってみる

「すごく好きだよ。愛してる。

 君だって僕のこと好きだろ?」


柄にもなく強めに言って

もう一度だけ周りを見てキスをした。


—澪標 君にとっての僕のこと—


帰りの夜行バスまで、4時間ほど

今夜は運良く淀川の花火大会と重なっていて

打ち上げも兼ねて行こうと話していた


雨予報なんて知ったことか


晩ごはんをさっと食べて、新大阪でお土産を買う

そこで恩師(せんせい)に、また遭遇した

こんな人混みでも、声を掛けてくれるのは嬉しい


預けた荷物を受け取って

会場に向かい始めたところで

ついに雨が降ってきた

どんどん強くなって、豪雨になる

いくら雨天決行とは言っても

これじゃ無理だと思った

落ち着いた隙に、歩(ほ)を進める


結局、花火を見るどころか

会場にさえ辿り着けなくて

雨に濡れた紙袋が破れてお土産は散乱するし

最寄駅は人でごった返して

2kmも先のメトロの駅まで歩いて戻る羽目になったし

なんかちょっとお腹は空いたままだし

大阪駅で迷子になって、散々冷や汗を掻きながら

それでもどうにかバスには間に合ったけど

そのバスも、花火のせいで遅れてやってきた


オチだけ、踏んだり蹴ったりだった


バスのシートが行きのよりも随分良くて

君が僕に頭を預けるには苦労したけれど

疲れのお陰で、寝るには困らなかった


財布の中身は、すっからかんで

荷解きする気もすっからかんで

帰宅してすぐ、ふたりで布団に直行する


僕の右隣で、寝息を立て始めた君を見ながら

起きたら、夕方だろうなあ

呆(ほう)け半分の頭では

そう思うくらいが精々(せいぜい)だった


窓の外は、眩(まぶ)しかった。


— On the right page.5 —

朝食ビュッフェのために、昨晩のうちにお風呂に入って

7時前にアラームを掛けて起きた

普段と比べれば、それだけでも優秀なこと


今日の君には、朗読大会の本戦が控えている

腹が減っては戦はできぬと

ビュッフェとテーブルを3往復して

たらふくゆっくり食べていたら

集合時間をちょっとだけ過ぎてしまった


リハーサルの間、暇を持て余さないように

近くにあった文学館に行ってみることにした

大会の題材でもある、川端康成の名前を冠している


彼の人生を小説のように感じてしまうのは

小説家だから当たり前かもしれない

日向に出るまでの長い道程の中で

ふと目に留まったのは

おそらく彼が初めて愛したひとのことだった


だって、僕と君の歳の差と同じだったから


唐突に三行半(みくだりはん)を突きつけた彼女の気持ちは

誰にも分からなかっただろうけど

それまでの幸せな時間を認(したた)めたいくつものお話は

僕が日々、これを書いていることと似ている気がして

別に文豪でもないけど、なんだか嬉しくなった


帰り際、短編集を1冊買った

会場に戻って君に渡すと

「そうだった!」

いきなり叫ぶように言うから何だと思ったら

大学生のときに講義で扱った章があったらしい

「自分の日記を読むまで、彼は忘れてたんですよ。

 自分の記憶になかったら、あったはずの日々はどこへ行ったんだろう?

 って、問いかけてるんです」

原稿は、その記憶の一部だった


記憶の鍵は、その辺りに転がっていて

思いもしないときに拾ってしまうのかもしれない


ずっと抱えていられないから

何かに変えておいたから

誰かに預けておいたから

気づいたその時分から、また大切にできるのかもしれない


お昼過ぎ、ついに本選が始まった

出番は、3番目

自分のことのようにドキドキする


オーダースーツに身を包んだ君は

用意された椅子に座って、静かに読み始めた

段々と勢いが増していく

弾き語りみたいな熱量で

いままでの練習を全部吹き飛ばしていく

唯一無二の声が波になって会場を包んで、もう言葉では追いつけない


誰かに選ばれなくても、君に悔いはないだろうし

僕も悲しくない

賞より大事なものが、ここにはあった

君だけの正しさがあった

そうして自分を貫いた君はカッコよかった

この幕が下りたら、よく頑張ったねって

周りの目なんか放置して、抱き締めたくなった


すべてが終わると、午後5時を回っていた


君の恩師(せんせい)に挨拶する

厳しい人だったらどうしよう、なんて考えていたけど

パートナーですと言った僕に

「良かったね〜!!」

五感のどれでも分かるくらい喜んでくれて

君も驚くくらい意気が合った

数分たっぷり君を褒めちぎったあとで

「声優の彼がね、貴方の声は唯一無二だから

 頑張って欲しいって言ってたよ」

「ほら、話に行けば良かったのに」

恩師の言葉を後押しするように言いながら

嬉しくて泣きそうなのは、僕の方だった


そのあとで、文学館にも立ち寄った

閉館時間も、帰りのバスも迫っていて

ゆっくりすることは出来なかった


折角の旅だから、悔いは残したくない

そう思うのは仕方ない

だから僕らの旅は、最後まで青春だった。


— On the right page.4 —

何にだって、限度はある

ただでさえ疲れた身体に鞭を打つのは

普段なら絶対に勧めないけど

これだけは行きたいと、僕の希望も聴いてもらった


大阪にもオープンマイクはあるはずだと

事前に調べて君に送っていた


県外で、ポエトリーリーディングするのは初めてだし

君もこんな形で歌うのは、初めてだろう


ホテルから出る前に

「歌う前にさ、あれ言ったらどう?」

君の好きなアーティストのセリフを借りて

真似てみてから、すぐに謝った

「みんなそれよく言ってるから大丈夫ですよ」

そう言われても内心ヒヤヒヤしていた

もちろん、君がそれを口にすることはなかったけど


お店の中は、常連らしい人で満員だった

しまった!聴くだけかと焦ったけど

ちゃんと出番を用意してくれて、ため息を吐いた

ライブセットと客席が殆ど同じ広さで

この近さが好きだなあと思った


演奏するひと歌うひと、みんな上手くて

しかも、選曲がとても良かった

耳馴染みのある曲で、どこまでも盛り上がれる

家の近くに、こんな場所が欲しくなった


僕らの出番はあっさりやってきた

君は、小説の朗読とamazarashiを1曲

僕は、僕の詩を朗読する

朗読なんて物珍しいと、視線を一身に浴びたせいで

観客を見る余裕は持とうとしても持てなくて

君の堂々さに反して、情けないなあと反省した


ついに、明日だ


君の心が

その声に乗って

その姿で

ありのまま

誰の心に届く瞬間が、もうすぐ訪れる


誰って、誰より僕だろうけど。


— On the right page.3 —

君は、ほんの2ヶ月前に来たばかりで

前のホテルは、同じ道なりにあった

とは言っても、今度は送迎バスがあるくらいだから

駅からはそれなりの距離感だ


案の定、身体はそれなりに疲れていて

丁度よくやって来た送迎バスに乗って

クロークで荷物整理をして、天然温泉に直行した

普通のマンションの9階にあって

吹き抜けの天井からは

昨日の雨が嘘みたいに、晴れた空が確かに見えた


いくつもあるお風呂に浸かっては休みを繰り返して

たっぷり1時間半も入ってしまった

夜行バスの疲れを取るには、それくらい必要だった


荷物を外出仕様にして、ごはんを食べることにする

折角なら地ものが良いと、お好み焼きランチなった

ただ、名前のよく似た手前の店に入ったせいで

たこ焼きは、お預けになった

それでも、鉄板でしっかり焼かれたお好み焼きは

おかずとして申し分なかった


君たっての希望で、大学見学に行く


他人(ひと)に言わせれば

どんなデートだと顔を顰(しか)められそうだけど

そもそもこれはデートパートじゃない


これには、ロマンスよりも夢がある


着いた瞬間、なんとなく違和感があって

目的地を改めて君に確かめると、キャンパスが違った

普段の僕らなら、慌てふためいて喧嘩になるけど

まだ午後3時にもなっていない


時間の余裕は、心の余裕だ


踵を返して、モノレールに乗る

「モノレールって、ホントに線路1本なんですねえ」

鉄オタ心に火が点いて、興味もない話を延々してしまう

僕の悪い癖が出てしまった


さほど時間は掛からずに目的地に着いた


体験講義には、旅の直前で気付いたものの

申し込み期限に間に合わなくて、せめてと見学に来たのだった


「周りからは、どう見えるんだろうね?

 学生に見えるかな」

若い君ならまだしも、31歳の僕には気が重い

「案外、大丈夫なんじゃないですかね。

 若く見えますし」

うん、嬉しい、嬉しいけどね

やっぱり歳の差を感じて、悲しくなった


大学の学食の話なんかしながら図書館に行ってみる

一般の人も入れるとのことで、一安心した

ジャンルこそ違っても、ふたりして本の虫だから

思い思いに過ごしてみようと別行動してみた


すると不意に君が隣で読み始めたから

慣れない場所だし、ひとりは不安だったのかなと

申し訳なくなる

でも、隣にいると話し掛けて邪魔してしまいそうで

僕は別の階で、特に宛てもなく本を見ることにした


これだけ大きいならと期待したけど

詩にまつわるものは、1段くらいしかなかった


目に留まったのは、「詩とは何か」について論じた古書だった

細かく思い出せないけど、


—詩とは、定形のない衝動的なものだ—


原文はもっと長かったけど

そんなふうに書かれていて、妙に納得してしまった


「大学の雰囲気って、好きです。

 やっぱりちゃんと勉強したい」


君の夢は、僕の夢だから叶えてあげたい


「一緒に叶えような」


僕は、そっと左手をとると

君は、すこし面映そうにした


さっき食べ損ねたたこ焼きを食べるなんて

小さな夢も叶えておいて、ホテルに戻った。


— On the right page.2 –