On the right page.4

朝食ビュッフェのために、昨晩のうちにお風呂に入って

7時前にアラームを掛けて起きた

普段と比べれば、それだけでも優秀なこと


今日の君には、朗読大会の本戦が控えている

腹が減っては戦はできぬと

ビュッフェとテーブルを3往復して

たらふくゆっくり食べていたら

集合時間をちょっとだけ過ぎてしまった


リハーサルの間、暇を持て余さないように

近くにあった文学館に行ってみることにした

大会の題材でもある、川端康成の名前を冠している


彼の人生を小説のように感じてしまうのは

小説家だから当たり前かもしれない

日向に出るまでの長い道程の中で

ふと目に留まったのは

おそらく彼が初めて愛したひとのことだった


だって、僕と君の歳の差と同じだったから


唐突に三行半(みくだりはん)を突きつけた彼女の気持ちは

誰にも分からなかっただろうけど

それまでの幸せな時間を認(したた)めたいくつものお話は

僕が日々、これを書いていることと似ている気がして

別に文豪でもないけど、なんだか嬉しくなった


帰り際、短編集を1冊買った

会場に戻って君に渡すと

「そうだった!」

いきなり叫ぶように言うから何だと思ったら

大学生のときに講義で扱った章があったらしい

「自分の日記を読むまで、彼は忘れてたんですよ。

 自分の記憶になかったら、あったはずの日々はどこへ行ったんだろう?

 って、問いかけてるんです」

原稿は、その記憶の一部だった


記憶の鍵は、その辺りに転がっていて

思いもしないときに拾ってしまうのかもしれない


ずっと抱えていられないから

何かに変えておいたから

誰かに預けておいたから

気づいたその時分から、また大切にできるのかもしれない


お昼過ぎ、ついに本選が始まった

出番は、3番目

自分のことのようにドキドキする


オーダースーツに身を包んだ君は

用意された椅子に座って、静かに読み始めた

段々と勢いが増していく

弾き語りみたいな熱量で

いままでの練習を全部吹き飛ばしていく

唯一無二の声が波になって会場を包んで、もう言葉では追いつけない


誰かに選ばれなくても、君に悔いはないだろうし

僕も悲しくない

賞より大事なものが、ここにはあった

君だけの正しさがあった

そうして自分を貫いた君はカッコよかった

この幕が下りたら、よく頑張ったねって

周りの目なんか放置して、抱き締めたくなった


すべてが終わると、午後5時を回っていた


君の恩師(せんせい)に挨拶する

厳しい人だったらどうしよう、なんて考えていたけど

パートナーですと言った僕に

「良かったね〜!!」

五感のどれでも分かるくらい喜んでくれて

君も驚くくらい意気が合った

数分たっぷり君を褒めちぎったあとで

「声優の彼がね、貴方の声は唯一無二だから

 頑張って欲しいって言ってたよ」

「ほら、話に行けば良かったのに」

恩師の言葉を後押しするように言いながら

嬉しくて泣きそうなのは、僕の方だった


そのあとで、文学館にも立ち寄った

閉館時間も、帰りのバスも迫っていて

ゆっくりすることは出来なかった


折角の旅だから、悔いは残したくない

そう思うのは仕方ない

だから僕らの旅は、最後まで青春だった。


— On the right page.4 —

A recollection with you

カフェ“ポエム” since 2010.11.27

0コメント

  • 1000 / 1000