澪標 部屋と世界編
君の代わりに洗濯をすることがある
君が掛けたあとバトンを受けて
僕が畳むこともあれば
預かって、通しですることもある
ご飯をつくる以外の家事は大抵できる
あくまで、必要に迫られたから覚えただけで
他人(ひと)よりできることはない
いまの僕にできる、ささやかな生活の手助けだ
こんなことで役に立てるなら、いくらでもやる
できることを、やれる方が、できるときにやったらいい
そう思っている
仕事から帰った君に手渡すのは、僕の部屋でのこと
「ここに来ると、甘えたくなっちゃうんです」
そう言いながら、僕の膝を枕にしてくつろぎ始める
それぞれ夜のルーティンだってあるから
ひと休みが寝落ちにならないように
追い立てないように気をつけて送り出す
君の部屋に入ったことは一度もない
一度だけ、隙間越しに見えてしまったことならある
僕は、宝石箱のようだと感じた
それは、大切なものを大切にする
君のこころそのものだったから
先に寝てしまっても、文句は言われないだろうけど
逆だったら絶対に寂しいから、詩書きと読書をお供にする
君は「ただいま」をとても丁寧に言う
僕は「おかえり」をできる限り優しく返す
同じ家の違う部屋ってだけなのに
ここが、君の居場所に確かになれていると思える
夜雨で、すこし下がった室温のせいか
布団よりも温もりが欲しかったみたいだった
隣で眠っている大切なひとは
どんな女神よりも綺麗に違いなかった
僕は眠りの前、つい感慨に耽る
休日と眠りの時間を除けば
ふたりの時間は、きっと簡単に数えられる
その事実に気づかないために
僕は、一刻も早く世界に出たい
この部屋と世界を行き来して、ふたりの一日を持ち寄って
昨日から明日までの話をしたい
「今日も、よく頑張ったね…」
君の頭を撫でながら、僕はゆっくりと眠りに落ちた。
—澪標 部屋と世界編—
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