澪標 ふたりのたられば編
「貴方がずっと家にいる生活もいいかもしれない」
お風呂も済んで眠る間際
僕は飛び起きるような想いだった
「私にお金がもっとあったら養えるのに。
仕事も生活もって、やっぱり無理があると思うから、
家のことをやってくれるのって、ありがたいよ」
僕に家事ができるのは、そうしなくちゃいけなかったから
あとは、何もしていない負目から来る見栄だ
それでも君は、僕の家事力を褒めてくれる
「何もしてないことって悪いことじゃないと思うんです。
だって、社会的には主夫って何もしてないように見られるじゃないですか。
なんかそれって嫌だなって思って」
主夫を否定はしない
そういう生き方だって、あっていい
君の世話を焼けるのは確かに嬉しい
そういう守られ方も、ありなのかもしれない…
一瞬でもそう思った僕を殴ってやりたくなった
言わせてしまったことを悔いた
何のために生きることを選んで、ここまでやってきたんだと
だって、どこにも行けない誰にも会えないストレスとか
仮に君のお金でどこかに行くのなんて、きっと僕には耐えられない
僕の自由は存在を消してしまう
そんな甘えは望まないし、都合の良い関係に成り下がってしまう
僕が生きたい理由に、仕事をすることは含まれてるし
君とやりたいことも行きたい場所も
そのために欲しいものが山のようにある僕にとって
君の日々を僕の自由に替えてしまうなんて、あっちゃいけない
一緒にしていいところと
一緒にしちゃいけないところの領分だってある
ペットボトルは別々で、水筒は一緒でもいい、とか
自分の部屋は自分で掃除したい、とかね
もし君がいま倒れて動けなくなったとして
僕が主夫だったら何も守れない
その方が僕はずっと怖い
君を守るのは、僕ひとりで十分だ
そんなふうに考えて、伝えてみて
君は「ごめんなさい」と言った
どこか傷ついたように見えて
僕も「ごめん」と言う
僕に働く気があるのか試されているのかと思った
そうではないと
ただの意見だと言い聞かせるには材料が足りなくて
朝、もう一度、君にあの言葉の意図を確かめた
答えは、昨夜とそれほど変わりなかった
改めて話してから
やっぱり君は「ごめんなさい」と言った
僕は、ふたりで生きていきたい
確かに隣を歩く資格をくださいと、切に願った。
澪標—ふたりのたられば編—
0コメント