ビーフストロガノフ
「晩ごはん、一緒につくりましょう」
君に提案されて二つ返事で、いいねと返した
内心、小躍りして何を作ろうか考えを巡らせている自分には
笑ってやるしかない
本棚に2冊ある料理本は、見開きで完結するレシピだから
いくらズボラな僕でもなんとかなる
君の普段を知った上で、偉そうには言えないけど
隣でやってみせながら、教えるくらいはできる
折角のやる気になっているから、しっかり活かしてやりたい
外で食べるご飯も、もちろんいい
手づくりは、もっと美味しいことも知って欲しい
それぞれの用事をしてから、バスでスーパーに向かう
今夜はビーフストロガノフになった
足りないものを買い足していく
ふたりで買い物は何度も言っているはずなのに
「買いものって楽しいですね」
って言うから、こういう1ページは大切にしたいと改めて想う
家までの上り坂を頑張って歩く
このあと、一緒に晩ごはんを作る特大ミッションが待っている
食後の赤ワインも、ふたりで選んだ
楽しみのためなら息を切らすことだって無駄じゃない
帰ってから、まず炊飯を任せる
マイペースな君からは想像できないくらい丁寧に米を研いでいる
お米が好きなのは伊達じゃないなあと、下準備をしながら思う
僕が牛肉を赤ワインで炒める間に
君には玉ねぎとマッシュルームの薄切りをお願いする
包丁を持つ手があまりに覚束なくて、横でやってみせると
案外、器用にこなしてみせた
難しい端っこだけ代わりにする
そんなふうに、つくっていく
煮るより早くお米が炊けてしまったけど
気にするまでもない
君の頑張りの方が僕にはずっと大切だ
サワークリームは生クリームとレモンジュースで代用する
大量の洗いものに困らないように、片付けも同時並行する
400m走リレーってよりは、30mくらいの二人三脚みたいに
バトンタッチしながらラストスパートを掛ける
お皿は同じものをふたりぶん
ワイングラスも一対(いっつい)用意する
赤ワインはふたりで選んだ
ロミオとジュリエットをモチーフにしたものらしい
食卓を囲んだ対称が、今夜は一際愛おしく見える
日常になっても当たり前にはしたくない
写真を撮ってから乾杯をする
100円のワインオープナーは
いつかの苦労なんて梅雨知らず
呆気なく、その栓を空けてくれた
君とつくったその美味しさは、100点満点だ
君が頑張った分、加点していいなら
もう100点だって、200点だってつけてやりたい
ワインをあっという間に空けてしまって
食後に生ハムなんてイカしたデザートを食べながら
スパークリング清酒をチェイサーにする
「貴方のお陰で料理しようって思いました
今夜は美味しい日でした。ありがとう」
「何言ってんだよ。
君のお陰で、僕は毎日美味しい日だよ」
君の一言には敵わないと、返事しておいて思う
こんな夜を「幸せ」だって言わずして、何て言うんだろう?
明日の朝は、サーモンのムニエルを焼いてくれるらしい
僕はこのとき、もうひとつの「幸せ」に気づけなかった。
—ビーフストロガノフ—
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