日常
今朝は「行ってきます」を言えなかったけれど
そのあとの僕は、良いことだらけだった
良いことと嫌なことが同じだけやってきませんように
明日の良いことまで前借りしませんように
今日が良い日で終われますように
柄にもなくたくさん願ってしまった
君もそうだと良いなあなんて思っていたら
スマホがささやかに鳴って
「今日は良いことがたくさんあった!」
とデジタルの文字が嬉しそうに踊っている
「それだけ元気なら、今日はお迎え行かなくても帰ってこれそうだね」
と冗談めかしてみたら
「元気なのは、昨日のリガトーニグラタン効果もあります」
の後ろに絵文字まで付いてきて、画面のこちら側は赤面する以外ない
ついでに、昨日のそれが載った君のSNSを
僕がどんな気持ちで見ていたかなんて、想像に難くはないだろう
今夜は晩酌になった
嬉しいことを共有するためのビールほど美味しいものはない
ワイングラスで呑む、なんていうほんのちょっとの演出で
見送られなかった朝の淋しさは、すっかり掻き消えて
乾杯がいつもの5倍楽しくなる
「僕はこの日常が好きだよ」
「私もです」
クサい言葉を使えるっていう僕の個性は
とっくに君のものにもなってしまったらしい
気づいたら部屋で寝てしまった
化粧も汗も落とせてなくて、なんだか気持ち悪い
午前3時、起き抜けの不機嫌な君を見ても
怒ることも𠮟ることもしない
そんなところさえかわいいから、罵られたって仕方ない
ドライヤーを貸して、頑張ってお風呂に向かった
お風呂を出てようやくふたりで布団にくるまったところで
乾きたての僕の猫っ毛に触れた君が闇討ちに来る
「貴方の髪を撫でるのは、私の特権です」
おうおう、言ってくれるじゃないかと
早々に布団を滑り降りて、メモに走る
その間に言われた2個目は、無情にも書き留められなかった
思い出したら、教えて欲しい
間髪入れずに3個目が来た
「貴方といると自分のこと、許してあげられます。
ありがとね」
さっきの不機嫌を、丁寧に謝られた
「僕はむしろ、電話の向こうだった不機嫌を、目の前で見られて嬉しい」
と言うと、
ほんのすこし戸惑ってから、「ありがとう」と照れながら返してくれた
僕らの夜は「ごめんね」で始まって
「ありがとう」を伝えあう優しい朝に繋がっている
次の日、君は朝カレーをしていた
良い匂いが食卓を包む
手帳に挟んだ予定表と睨めっこしながら
すこし先の未来の話をする
夏花火に浴衣のふたりを想像して
こんな特別なことさえ日常にしてしまわないように
君を愛していたいと切に想った。
— 日常 —
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