素数
僕にとって、迷いなく大事だと言えるものは
片手にも満たない
そんなにたくさんあったって
優柔不断になって選び取れなくなるから
それでいい
君とバスに乗った
遠慮のない欠伸が、妙に愛おしくて
つい、塞いでしまいたくなる
その代わりにと、寝心地が良いらしい僕の肩を貸しておいた
ずり落ちそうになっては、ハッと起き上がる
それが、やっぱりどうにも可愛くて仕方なくなって
理由(わけ)に理由を重ねて踏み止(とど)まる
この感情に、終わりは見えない
乾いた目に差す目薬みたいに
誰かにしてみれば、あるいは君にしてみれば
些細な日常の一滴でも
僕にはそれさえ大事だと
呆れられたって、何度も言葉にして伝えておきたい
言葉の海辺をふたりで歩いてきたばかりだから
いつにも増してしまうのだけは、どうか許して欲しい
行き先は、僕にとって大事な場所だと伝えていた
徐(おもむろ)に繋いだ手から、すこしの緊張を感じて
バスを降りたあとで、そっと話しかける
「大事な場所に踏み込むのは、怖いかい?」
「怖くはない…、けど、いいのかなって」
微笑(わら)ってから、言葉を継ぐ
「いいんだよ」
最初から決めていた
本当に大事なひとを連れていこうって
君のことを “ 僕の何か ” じゃなくて
君自身を見てくれると知っているから
僕がどれだけ救われてきたか、数えきれない
だから、せめて
僕の言葉は、ちゃんと君のためでありたいと
厚かましくも思わずには、いられなかった
僕が好きなものを、君も好きだと言ってくれる
その目の輝きは、写すまでもなく忘れないし
僕がいない夜でも、拠り所になってくれたらいいと願った
帰り道、繋いだ手がいつもより熱い気がした
それは、僕一人分の幸せと君一人分の幸せを足した
永遠に割りきれない素数だったかもしれない
そんなふたりの休日のこと。
—素数—
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