餡
傷は、ひとを優しくすると思っていた
守ることの意味を、履き違えることがあると
どうして僕は理解できないんだろう
負わせているかもしれないなんて
考えたこともないのなら、仕方ないけれど
あれは、剥き出しの悪意だった
平静を装えたのは一瞬だけで、次第に傷が深くなる
無理に引き抜こうとして、耐えきれなくなった
声を出すことを憚った
独りで抱えてやり過ごそうとした
無用な心配を掛けてしまいたくなかったから
「何かあったら言うように」
そう君に伝えたのは僕の癖に、聞いて呆れる
身体に力が入らない
かさぶたごと貫かれた傷跡からは
ありとあらゆるものが出ていった
穴の空いた風船のように、こころが萎れていく
掠れきった声で、君の名前を何度も口にした
泣き疲れて、いつの間にか、それさえ出来なくなった
弱いだけの僕を愛してもらう資格などない
ただ無情に支配されていく
それでも、我侭に任せて
そばにいて。と君に言った
待っていて、と言わないところが、君らしいと思った
こんなになっても、僕にはそれが愛おしかった
どうして欲しいですか。と聴かれて
言葉の繋がらない頭で、ようやく出せた声は
だきしめて。って、一言だけだったけれど
何も言わずに、抱き締められる
無意識に我慢していた涙が零れ落ちていく
呟くような声で、
これも貴方なんですね。って、聴こえた
その声の優しさの中で、僕はそっと意識を手放した。
—餡—
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