手書きの旅守り
映画を観て、美味しいご飯を食べて
多少ハプニングはあったけど
総じて、とても良い日を過ごした
家に着くか着かないかの間際だった
「貴方に触れられないのは、寂しいです」
そう言われて僕は、すこしだけ驚いた
君は明日から2泊3日の旅行に行く
“帰っても君は居ないんだよなあ”なんて
僕がボヤいたせいかもしれない
「帰ったら君がいるって思うから、頑張れる。
僕だってそうだよ」
“帰ったら貴方がいるから、頑張れるんです”
僕の知らないところで
君の言葉が、僕を守ってくれたこと
いまでもちゃんと覚えている
以前の旅先で、かわいいパッケージのお酒があったらしい
「そのときは旅先で呑んじゃったんですけど、」
前置いてから
「貴方がいるから、今度は買って帰って一緒に呑みたいなって」
「それは楽しみだね」
僕らの酒好きは、僕らが一番よく知っている
それはそうと。
僕が組んだ鬼行程のせいで、朝4時に起きないといけなかった
寝かしつけるのも起こすのも、僕のお役目だけど
「やっぱり送ろうか?」
顔も見ずに聴くと、そうして欲しい感じはあるのに
「貴方には、明日のこと、
ちゃんと頑張ってきて欲しいです」
そう、僕には大事な別用がある
「それでも僕は、僕のためだけには頑張れないよ
だから、君を理由にしてしまう」
「頑張る理由になれてるなら嬉しいですよ」
柔らかい雰囲気に、君の強がりみたいな選択肢は
呆気なく消え去った
そもそも見送りに行かない選択肢を僕は持ってない
お風呂に入って、支度の確認をして眠りに就く
案の定、寝かしつけを頼まれて朗読をしてやると、
半分も読まないうちに眠っていた
4時前にアラームを鳴らして、僕は身体を慣らす
4時ちょうどに君をねむねむワールドから呼び戻して
旅前の最終チェックをする
そこで僕は、初めて君の部屋に入った
すぐに眠れそうなくらいだった
何もかもに、安心感しかない
これじゃいけないと、奮い起こして手伝いに戻る
いつもより巻きで、お互いに朝の支度を済ませて
乗り継ぎミスが許されない緊張感で電車に乗り込む
こんなに離れるのは初めてだった
気が変にならないか、心配だなんて言ってみたけど
そこは大人だからと窘められたことを思い出す
「なんか寂しくなってきました」
上りエスカレーターで、君が言う
僕は努めて明るく振る舞っていたけど
抗おうなんて思う方が馬鹿らしくなってきた
新幹線のホームで、君に手を振る
僕に振り返してくれる
ホーム側のブラインドが下ろされていて
向こう側の君は、もう見えなかった
呆気なく走り出した列車と並んで歩き出して程なく
“行ってきます”とメッセージをくれた
これを書きながら駅前で朝マックをしているけれど
それからの音沙汰は、まだない
きっと寝ているんだろうから
乗り換え前に起こそうと、アラームをセットする
僕が持たせた手書きの旅程は
きっと君の“旅守り”になってくれる
ついでに車内チャイムが
”いい日旅立ち”だったら良いなあって
ふと、思った。
―手書きの旅守り―
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