ホットケーキ
珍しく、朝から予定が詰まっていた
その数、私用も合わせて5つ
メインの用事は、午後で済んでしまうけれど
ここ最近では一番多くて驚いた
ぐっすり眠れたお陰で、寝覚めが良い
君のこころ一杯の愛しさで
「貴方」と何度も、僕を呼んでくれたから
僕の朝の支度は、いつにも増して緊張が走る
タイムリミットは50分
君を起こすことなく
インポッシブル・ミッションを華麗にこなして
世界で一番優しいエピローグを書かなければならない
昨晩のうちに出しておいた道具を両手に持って
ドアの開け閉め音も最小限に、忙しなく動く
途中目が開く瞬間もあるけど、たいていは記憶にないから
寝ているカウントにしておく
たまに唸っては、いつもより寝返りが多かったから
ねむむーワールドの君は、何してるだろうと思ったら
あとから聴いた話、朝の支度に追われていたらしい
思わず笑ってしまう
実のところは、余裕で間に合ったと言っていた
本当に余裕だったかどうかは、僕にもわかった
顔を整えて化粧をする
髪を結って、ヘアカフをつけて
なんとか40分に収めた
残り10分も、エンディングを書ける
ベッドの横に腰掛けて
気持ち良さげに眠っている君の頭を撫でる
残り5分
「じゃあ、行ってくるね」と囁くと
ねむむーワールドから一時帰還した君に
「いってらぁっしゃあぁい」と吐き出す息たっぷりに言われる
キスを1回、もう1回する
君の唇は、ホットケーキのようで
僕の唇は、形容できないまでも、君には程良いらしい
ドアの前でもう一度声を掛けた頃には
また、ねむむーワールドへ戻っていた
朝の用事は、順調に進む
その間に、君はちゃんと起きてご飯も食べて
片付けも頑張って、仕事に向かう
午後の用事のために踵を返して駅に急いだ
いってらっしゃいは言えないまでも
手は振って送り出してやりたかった
同じ号車、乗り込むドアの当てが外れて入れ違う
もう駄目かと思った刹那、僕に気づいて視線をくれた
ここまで、やりきれたことにホッとする
慌ただしかったはずの朝は、甘くて優しいエピローグになった。
—ホットケーキ—
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