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「今日も来て、って言ったら駄目かな」
そんな声が聴こえた気がした
今夜もご飯をちゃんと食べて
仕事終わりの君を迎えに行く
何かを犠牲にしているわけじゃない
大したことができないいまだから
どんな小さなことでもやっておきたい
いつも通りの時間に降りて来た
僕を見つけるなり、パッと表情が明るくなる
逢いたいと思うのは、もう僕だけではないらしい
君の右手を探して、そっと握る
初めこそ恥ずかしがっていたけど
いまでは、強く握り返してくれる
歩幅を合わせて、すこしゆっくり帰った
夜のお供に紅茶を用意する
華やかなレモンの香りに、夏の爽やかさを思い出す
焦れったくなる低気圧は、ここにはいない
君がふっと眼鏡を置いた
くるりとした丸い目を見開いて、僕を見つめてくるから
何だろうと思っていたら
「ボヤけてても表情とかわかるけど、
自分の目で、ちゃんと貴方を見たかった」
君からの仕返しは唐突で、くすぐったい
それは僕が、普段から君にしているからなんだろう
それだけなら良かった
あんなことさえ言わなければ、穏やかな夜だったのに
君の見てきた世界を理解できなかった自分が純粋に悔しかった
押し込めていたはずの苦しさが波のように襲いかかってきて
どうにも独りで足掻ききれなくなった
浅薄な僕を、どうにかして叩きのめしてやりたくなる
こんなことで君に当たってしまうんだから、本当に情けない
どう言葉にしていいかわからないまま、君を呼んだ
案の定、わからないと言われてしまう
自分の傷の深ささえ、見誤っていた
「そんなことしたの誰ですか」
って、僕を傷つけた人間を怒ってくれたのは
君が本当に初めてだった
自分のせいにしろと、言われ続けて来たから。
「いまは、私が守ってあげます」
と僕の耳に届いた頃には、もう涙が滴(したた)り落ちていた
いつもみたいに虚勢も張れなかった
言いたかったのに、ありがとうって、言えなかった。
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