ミルクティーのこと 編
似てる。あの日も、こんな夜だった。
月が大きくて、夏の大三角が見えはじめた、綺麗な夜。
「ふっふんふっふーん」
「何か、良いことがあったのかい?」
「ほら、星がきれいじゃないですか」
「うん?ああ、そうだね」
深呼吸のような祐月さんからの返しが、空に浮かんだ、ように見えた。
カランカラン
「いらっしゃいませ!」
『こんばんは、詩歩ちゃん。マスター』
「やあ、いらっしゃい」
微笑みながら、カウンターに座った。
名前は、梨香さん。近くの会社のOLさん。
「何にしましょうか?」
『うーん…、今夜は、ミルクティーにしようかな』
「かしこまりました」
マスターがお湯を沸かし始めた。
ポエムのミルクティーは、濃いめのアッサムティーを使うから、しっかりした味わいだ。
あたしはカウンターに入って、お水とお手拭きを、梨香さんの前に置いた。
『ありがとう』
あたしは、笑みで返す。マスターは、茶葉をティーポットに入れて、お湯を注いでいた。
「梨香さんがミルクティーって、珍しいですよね。いつもは、カフェオレですけど」
『詩歩ちゃん、気づいちゃった?でも、たまには良いでしょ?』
と言って、梨香さんは、一息吐いた。
『仕事で、ちょっとね。らしくないことすると、へこむよ』
「らしくないこと、ですか」
ミルクが温まる音がする。
『うん。なんて言うんだろう、こう、普段の私と違うことしちゃった?とか』
「考え事してて、ポットにお水入れすぎた、みたいな…?」
『それも、あるかも。そういうことが何日か続いて、何だか、分からなくなっちゃって。元々の私が』
「いまは迷ってもいいさ。それに、ここまでしっかり進んで来れたんだから、これからも進んでいけるさ。はい、お待たせ」
祐月さんが、梨香さんの前にミルクティーを差し出しながら言う。
柔らかく優しい香りが、お店を包んだ。
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