冬支度編

今朝は忙しかった。
雨が降ったかと思えば、虹が出るわ、暖かくなるわ。
焚いていた暖炉の火を消して、閉めていた窓は開け放って、
部屋干ししていた布巾を外に出した。

それだけと言えばそれだけだけど、すっかり疲れてしまったので、
あとの準備は詩歩に任せることにした。

すっかり良い天気になった空を見て、カウンターで背伸びをする。

カランコロン

「いらっしゃいませ♪」
詩歩の声が、お店を明るくする。

入ってきた客が座ったのは、窓際の席。
それもそうか、と思う。

詩歩が注文をとっている間、僕は考え事に耽る。
大したことはない、なかったはずだった。

「…きさん」
「ん、ああ、ごめん」
「祐月さん!急に暖かくなったからって、ぼうっとしてちゃダメですよ〜」
「う、うん、」
「コスタリカお願いします」
「ん」

晴れた日には丁度良いチョイスだ、と独りごちるように豆を粗めに挽いた。

「お待たせしました、コスタリカです」
「どうも」

いろいろな返しをする人がいる。
一言で全てを判断するのは、とても失礼ではあるけれど、
あまり話したがる性格ではなさそうだ。

「ごゆっくりお過ごしください」
卓から離れようとしたときだった。

「マスター」
「はい」
「今日は変な天気でしたね」
「そうだね」
「まるで私みたい」

意図は分からない。
ただ、僕の予想が外れたことは確かなようだ。

「このところ、嫌な事が続いてて。元気出なくて。
 でも今朝になって、失くしたはずの自転車の鍵が見つかったり、
 虹が出てたから写真撮ってたら、疎遠だった友達が連絡くれて、
 すこしだけど話せるようになったり」
「うん」
「人生悪いことばっかりじゃないなって。ありきたりかも、ですけど」
「それに気付けることが、大事なことだよ」

そうですね、と彼女は笑ってから、口をつけた。


目の前のことで精一杯だと見えなかったものが、いつの間にか霧が晴れたように、
見えるようになってくる。
誰しもいつもそう思えないけど、気付ける人が1人でも増えてくれたらとささやかに願った。

A recollection with you

カフェ“ポエム” since 2010.11.27

0コメント

  • 1000 / 1000