ひとりひとつ

私たちが持って生まれるものは、きっとひとりひとつだけれど、何かがどこかが似ているだなんて、言われてしまう瞬間がある。ただ、本当に誰とも違うのは、「声」だと思う。

ここにあるのは、私と貴方の唯一無二。言葉に滲む気持ちの温かさ。そんな恥ずかしいことは、きっと言えない。どうせ、ばれてるんだろうけど。


コトコトコト

いつも通り、お湯が沸いていく音がする。

「・・」

「おーい」

「・・・」

「おーーい…」

カウンターの中、目の前で、祐月さんが手を振ったところで、視界がはっきりした。

「はっ、ごめんなさい」

「全然。何か気になることでもあった?」

「なんにも、ない、ですよ…?たぶん」


たぶん…?


カランカラン

「いらっしゃい」

「いらっしゃいませ!」

すこしだけ声を出すのが遅れた。タイミングよくお客さんが来て、カウンターの角席に座る。メニューを目を凝らして、唸って、いる…。声を掛けていいのか悩んでいると、

「どうされました?」

と彼がお客さんの前に言って、それとなく聴いていた。

「いや…こういうお店、初めてなんで、よく分からなくて…」

「そうでしたか。普段、珈琲は飲みますか?」

「ええ。まあ、よくあるチェーン店のですけど」

ひとつ頷いて、

「ミルクやお砂糖は使いますか?」

「いえ、基本ブラックです。甘いのは苦手なんで」

もうひとつ頷いて、

「であれば、こちらはどうでしょう」

と言って取り出したのは、メニューに載せていない豆の容れものを取った。蓋を開けて、香りを出す。

「ああ…いい香りですね」

「淹れるともっと香りが立ちますよ」

「じゃあ、それにします」

エルサルバドル、パカマラの深煎りだった。豆は他の種類より大きいけれど、香りは華やか。深煎りでもしっかり味が出る美味しい豆。


ポトリポトリ

極細口のポットで、ゆっくり時間を掛けて、丁寧に落としていく。


「香りからどうぞ」

「…。ああ、いいですね」

味わっているのが目でわかるように、飲みすすめていくのが印象的だった。

「ご馳走さまでした」

「お粗末さまでした。どうでしたか」

「いつも飲むのとは違いますね。これが美味しいコーヒーってやつなんですかね」

「どうでしょうか。味云々が分からなくても、その気持ちが本当だと思いますよ」

「それなら良かった」

「僕も嬉しいですよ」

それから、ひとつふたつ言葉を交わして、満足そうな顔をして帰っていった。



2人に戻った店の中で、彼がふと溜め息を吐いた。

「どうかしました?」

「いや…」

緊張している風だった。言葉を探しているらしい。どうしてかは分からない。

「今日、誕生日、だね」

緊張に照れを足したように言う。ああ、なんだ。かわいい。

「詩歩にこれ、用意したんだ。喜んでもらえるか分からないけど…」

差し出されたのは、私の大好きなザッハトルテとお手紙だった。開けたのは、彼。読んだのも。聴いたことは内緒だけど、柄にもなくわんわん泣いてしまった。彼の顔をまともには見れないうちに、そっと抱き寄せられる。私の名前を呼ぶその声が、愛しくて仕方なかった。


悲しい涙じゃないからいっか。なんて冷静に考えながら、私もそっと腕を回した。


—ひとりひとつ—


A recollection with you

カフェ“ポエム” since 2011

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