言葉の海 編
最近どうにも、納得がいかない。
納得がいかないというよりは、僕の言葉が塩気を含んでいるような気がしてしまって、満足いかないのだ。
もちろん、美味しいコーヒーを淹れるためには、心のバランスが崩れてはならない。
自分でも気付かないようにしていた、つもりだった。
「祐月さん、コーヒー淹れてください」
「え?」
「今日は淹れて欲しい気分なんですー」
そう言ったのは、詩歩だった。
「どれが良い?」
「祐月さんのおススメで♪」
「いつもの、の間違いだろう…」
若干呆れつつ言ってみる。
すると彼女は、意地悪そうに笑った。
「じゃあ、少し待っててね」
僕が取り出したのは、グアテマラ-豆は中深煎り-。
中挽きしてドリップしてから、牛乳にスチームをかけてフォームドミルクをつくった。
最後に、コーヒーとミルクを魔法の配分でコップに注ぐ。
「はい、詩歩」
「いただきまーす」
僕が手渡したのは、カフェオレ。
飲んで一言、彼女はこう言い放った。
「祐月さんが、どこにもいない」
「えっ…」
何も返せなかった。
コーヒーは、嘘をつけない。
あたし、気づいてましたよ。
そう彼女の目が訴えかけてくる。いつから、と聞くのは愚問のように思えた。
「祐月さん。もっとしゃんとしてください!
みんな、祐月さんのコーヒーだから飲むんです。元気になるんです。あたしも、そのひとりなんですから…」
言いながら詩歩は、目に涙を浮かべていた。
やっぱり、言葉を返すことが出来なかったけど、僕が何を言いたいかは伝わったらしく、彼女はそれきり、ゆっくりカフェオレを飲んでいった。
「そう、だよな。僕も、人間だもんな」
「そうですよ」
ボソッと返してくる。
少しだけ塩気がした、気がした。
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