You are my savior. file.1
曇天の午後、友人にしばらく借りたままのギターを
メンテナンスするために電車に乗った
休みの君は、大学時代の友達に会いに行くらしい
3時から呑んで食べるなんて聞くと、学生みたいで羨ましくなる
大人でいると、つい彼方に追いやってしまうその感覚は
これからも忘れずに取って置いて欲しいと思った
見慣れた楽器店で、混んでいなかったお陰で
メンテナンスにそれほど時間は掛からなくて
持て余した時間で、何をするでもなく
目的地もなく、電車に揺られてみることにした
僕が育つはずだった東京のどこにも
僕の学生時代は転がってなくて哀しくなる
そのぶん、いつだって新鮮だ
都会初心者のように高層ビルを見上げるたび
選び取った現在地を確かめられる
磨き上げられた窓ガラスに映る空は
無機質なはずなのに、なんか綺麗だった
家に帰ったところで、君はいないから
三軒茶屋のマクドナルドで、
暇つぶしに、残り数ページの本を読み終えることにする
新しい本を入れるのは忘れていた
君からの連絡は、いつもより随分早かった
僕の居場所は、どうせ帰り道の途中だろうから
寄り道して欲しいとお願いして、
わかったと返ってきたので、待つことにする
電車が着いた時間になっても、一向に連絡がない
通り過ぎたのかと思って聴いても、返事がない
どうしようもないけれど、やきもきする
それくらいの頃になって、ようやく受け取った言葉は
君からのSOSだった
とりあえず三軒茶屋には着いているらしかったから
冷めたコーヒーを飲み干して外を見渡す
ふらふら歩いてきた君は、僕すらまともに捉えられなくて、
手を取ったその瞳は潤んでいて
いまにも新しい雫が零れ落ちる寸前だった
路上で泣き続けるよりは、と目の前のカラオケに入った
きっかけが何であれ、芋蔓式に思い出して
懐古してしまうのは、僕にもありがちな話だ
だから、大学の友達に会って、
その折、印象に強く残った人を思うのは無理もない
君にとって、尊敬と憧れの詩人だったという彼の話は
何度か聴いて知っていた
彼のことを話す君は、同じ場所にいた割には
アーティストとファンみたいな線引きがあって
彼が自分の詩を褒めてくれたときには
飛び上がるくらい嬉しかったんだろうことも
何ひとつ隠さないから、ありのまま分かる
その彼は、いまはもう遠い場所で
新しい詩を読むことさえできない
それを思えば思うほど、涙が止まらないのだった
「泣いてくれる人がいるってだけで、彼は救われてるよ。
きっと彼ならこう言うよ。
『俺のために泣かないでよ。全く。君は優しいな』って」
「私のことは、名前にさんづけでした」
そこに、ほんのちょっとだけ嫉妬した
「私はどうして生きてるんだろうって思うのに
彼のことがあって、いなくなることが怖くなったんです。
貴方は、いなくならいですよね…?」
「いなくなって欲しいの?」
「いなくならないでください…」
僕の真ん中に耳を当てて
僕の鼓動を確かめているのが愛おしかった
スーパーの安売りメンチカツと、君がしれっと頼んだたこ焼きを
呑み放題のお酒で流しながら、呼吸が落ち着くのを待った
ふと気になって聴いた
「今日は何杯呑んだの?銘柄はいいから」
「えーっと、1、2、」
「うんうん」
「8杯ですね」
「絶対、そのせいだろ…」
いつぞや自己管理すると宣言していた現酔っ払いに
何を言っても、迷宮入り事件簿にしかならない
終電が迫る中、帰ろうとしたところで、電車が止まった。
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