許すとか、許さないとか
もし涙に色があったら、感情の輪と同じかもしれない
どれもきっと美しいし、写真に収めたくなるんだろうな
君が仕事に出掛ける前
僕はとんでもない手紙を受け取った
狼狽える気持ちをどうにか抑えて
いつも通りに送り出す
もう見ることはないと思っていた、元家族の名前
事情はどうあれ
僕を捨てた彼らに情は掛けられない
心の中で吐けるだけ悪態を吐いて放り捨てた
これからも許すことはない
護るものがある僕にとっては
もう過去の遺物だった
安易にどこにも行けない
この不自由を理由にしていたら
息苦しさで蝕まれておかしくなってしまう
揺らいだ心を落ち着けるためにも
仮初でも自由が欲しくて外に出た
先に帰宅して、君の帰りを待つ
今日も忙しくて、晩ごはんを買うだけで精一杯らしい
帰りの迎えを貴重な休憩時間に頼まれた
その時点で、君に何かあったと気付くべきだった
駅の改札で、君を待つ
マスクをしている
嫌な予感を振り払おうとしたところで
君はもう僕の前にいた
見ると目に涙を浮かべている
次の瞬間、唐突にそれは零れた
今日二度目の狼狽を、今度は隠しきれなかった
「どうした、何があった…?」
声を掛けたところで、どうしようもない
人目なんか気にしている場合ではない
抱き締めて、頭を撫でる
「帰りましょう」
涙声にさえならないのは、人目を気にしたからだろう
僕は持っていたハンカチでそっと拭いて
とりあえずビールを買って、公園に向かった
「マスク、取ったらどうだい?」
「私は表情なんて見られたくないです。
あの頃は、これが普通だったんですから。
水飲みます。あんまりないけど」
ペットボトルに手をつけた君はマスクを外した
僕はマスクをそっと盗み取って鞄に仕舞った
「僕は君の顔が見たいよ」
それっきりマスクを付け直すことはしなかった
「ひとりじゃなくて、良かったね」
「そうですね」
僕は左手を差し出す
普段なら駅の近くで手なんて握らないのに
離れないようにしっかり繋がれる
それくらいのことがあったんだと思うと
余計に胸が苦しくなった
仕事のトラブルをまとめて責められて
上司の前で泣いてしまったのだと言う
僕の腹は煮え繰り返った
いますぐにでも呼び出して叩きのめしてやりたいのに
話を聴いてやることくらいしか出来ない自分が悔しかった
どれだけ仕事で満たされていても
悪い人間が全てを壊していく
壊した方は気付かないままノウノウと生きている
負った傷は簡単に癒えないことを
彼らは知らない、知ろうともしない
あまつさえ自分は悪くないと思っている
僕の過去は、そんな人間だらけだったから
君にだけは、同じ想いは絶対にして欲しくない
これからの自分にも、もちろんだ
「気付けなくてごめん」
「外に出て楽しく過ごしてきたって、
貴方のメッセージで、ちょっと気持ちは救われたんです」
僕が救われてどうする
「いままで溜まってたものが出てしまっただけです。
いつか言わないといけなかったんです」
君が内省に走るから
僕は怒りに任せて憤慨する
「それでも僕の大切なひとを泣かせる奴は、絶対に許さない。
明日すぐにでも乗り込んで、
そいつに奪われた時間分、説教してやる」
そうしたところで、腫れ物扱いされるのが君であることが
どうしようもなく遣る瀬なかった
「せめて相談出来る相手に、ちゃんと言うんだよ」
「うん」
返事に気力は感じなかった
公園から帰宅して、一息吐いてから
追加で買った缶ビールとつまみを、僕の部屋に持ち込む
晩酌するより先に布団に入り込んで
君は僕に甘えてくる
どんな言葉でも、キスでもなんでも
君が眠れるならそれで良かった
「また、朝が来ちゃいましたね」
「そうだね。気分はどう?」
「大丈夫です」
そう返されて、僕は念の為に注意しておく
「自己判断の“大丈夫”は、信じきっちゃいけないよ」
僕の傷みは、こういうときに役に立つ
「わかりました。
じゃあ、愚痴言える同僚と飲んで来ようかな」
などと宣(のたま)うから
「呑むのはいいけど、程々にね」
「大丈夫ですよ」
何が大丈夫か分からなかったけど
全てを差し置いてでも
僕が君を助けに行くと伝わってくれれば十分だった。
—許すとか、許さないとか—
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