澪標 大切なひと、大切なこと

どうにももどかしい

どれだけ言葉にしても伝えきれない

好きとか愛してるとか

分かりやすい感情じゃないから

ぶつかってしまう

それでも一緒にいるのは、

ふたりして言葉を信じてるからだと思う


休みの予定を聞かないのは

一時期、暗黙のルールだった

「毎日いるんだから、それ以上求められても困るんだって!

 私の休みは私が決めたいし、誰と何してたっていいですよね!

 自由に過ごしたい!」

叫ぶように言ったあの日の君は、間違いなく切実だった


友人に会いに行く理由だって

この話はこの人に、あの話はあの人にだなんて言い出すから

目の前のひとを、ちゃんと大切にしなよと叱った

「そんな打算で、ひとに会ってるの?

 それじゃ、みんな離れて行ってしまうよ」

何度目か分からないけど、伝わった気はしなかった


僕が担保する自由は、君の全てとはいかない

人工知能なら君の思うテンプレートでいられるのかもしれない

人に生まれてしまったせいで、感情なんてものがある

僕は君の執事ではない

家族なんだと、伝えるのはこんなに難しいんだろうか


約束するだけのことに気を遣ってしまう

一生懸命、共通言語を選んでいるつもりでも

嫌だと言われるのが怖い

約束できない理由を並べ立てられて

静かに傷を負うことが怖くて堪らない

それよりもずっと、負わせたくない


「僕にだって君と、その日だからやりたいことがあるんだ。

 でも、もう期待なんかしない」

「…ごめんなさい。

 貴方の気持ち、考えられてなくて」


それから送られてくるメッセージには返さなかった

感情がフラットになる

いじけてもいなければ、怒ってもいない

むしろ、君が自分の部屋にさえ立ち寄らずに

真っ直ぐ僕の部屋に来たことに驚いたくらいだった


君は僕の前に立ったまま

その目には、申し訳なさが滲んでいる


僕は自分の膝をポンポンと叩く

「…いいんですか?」

無言の返事は、上手く伝わったらしい

ソファのようにして、お腹の辺りに頭を置いた

見上げてくる目は、まだ恐る恐るといったふうで

僕の方が申し訳なくなってきた


「ふたりのカレンダー、つくりましょう」

驚いて耳を疑った

「それだけは嫌なんじゃ…?」

「これだけ一緒にいて知らないのは、変かなって思ったんです」

言外に、家族なんだしと言われている気がした


予定を整理したあと、お風呂に一緒に浸かる


明日も仕事だから、注意して時計を見ていたはずなのに

君の将来図は、僕の関心をすっかり唆(そそ)ってしまって

うっかり随分な長風呂になった


次の日は、僕の方が朝早かった


人数不足の仕事をサポートしたあと、

別に、中核メンバーとしての会議が控えていた


君との朝のために全部蹴ってしまいたい気持ちで一杯だけど

僕に、そんな自由は選べない


「貴方が朝いないの、久しぶりで寂しい」

寝惚けていなければ、まず聴けないセリフだ

キスを求められてちゃんと応える

「行ってきます」

「行ってらっ、しゃああい」

玄関のドアが閉まったのと同時に

傘を忘れたことに気付いて、もう一度鍵を開ける

君が僕の部屋に戻るところを

掛け戻って来て強く抱き締められる

「離さなあい〜」

2度目のキスは、さっきより強めに交わして

胸をぐっと締めつけられる想いがした


改めて「行ってきます」と言うと

また玄関のドアが閉まるまで手を振っていた。


—澪標 大切なひと、大切なこと—

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