short film

最近、君は“ありがとう”とよく伝えてくれる

特別なことがあったわけじゃないけれど

ふたりの日々を大切にしてくれているのが分かって

僕は、純粋に嬉しい気持ちに満たされていた


早い電車に乗れたと連絡が来た

文面はシンプルだけど偶然には思えなくて、

駅まで、すこし走ったんだろうと思った

「今夜は月が綺麗?らしいですね」

「うん」

珍しく澄み切った夏の夜空には、満月が輝いている

それに今夜は、皆既月食が起きるらしい


「一緒に歩きませんか?」


時間も呼吸も止まった気がした

指折りに入りそうなコロシ文句だった

いまカメラがあったら、すぐにでも短編映画にして

全国一斉ロードショーしてやりたい気持ちになる


「ずるい。行く」と送ると、「えへ」と返ってきた


時間ぴったりに迎えに行く

今日の仕事は上手くいったようで安心した

「昨晩、貴方と話したお陰かな。ありがとう」

君らしい丁寧な言葉で、くすぐったい気持ちになった


「こうして毎日一緒にいると、結婚してるみたいですね」

「えっ、そんなふうに考えてたの…?」


どう答えていいのか分からなかった


誰かと暮らすことは、決して簡単なことじゃない

やっているのは、せいぜい家事全般で

僕が生活を担保しているわけじゃない

まして、君が結婚なんかしないと言い放ったのに

何がどうしてそんなことになったのか、知りたかった


“家族”という存在が、君を、僕を、おざなりにした


自分の選択が尊重されなくて傷ついた過去を

選びたかった明日を

反抗して嘆くことさえ許されなかった

だから大切なものは外につくった

失いたくなくて必死に守った

未熟な所為で

傷つけて失ったものは、それなりにある

それでも、失うのは仕方がないことだと

割り切れなかった

割り切れるわけがなかった


日々を生きることのいたわりも

気遣う優しさも

ぶつかりあう悲しみも

ふたりだからこそ必要なはずだ


「親愛から、随分進歩したもんだなあ」

独りごちるように言ってみる

「だって、“家族”ですから」

13cmの身長差に、やむなく上目遣いになる

「そうだね」

人目のない夜道だからか、遠慮なく腕を絡めてくる

空いている手で頭を撫でて返した


帰り着いて間もなく、眠気に任せて布団に潜り込んだ


目を開けると、カーテンから朝陽が漏れている

「おはようございます」

「おはよう」

初めて君は、不機嫌にならなかった。


— short film —

A recollection with you

カフェ“ポエム” since 2010.11.27

0コメント

  • 1000 / 1000