隣の芝生は青くない
節約のため、と言うよりは
出掛けるためのケチをして
晩ごはんを1ヶ月パスタにしてみようと思った
本当はカツ丼が食べたいけど
揚げ物をするには、油が足りなかった
明太クリームだけかけて、さっと胃に掻き込む
空腹を満たしたら、常備菜の定番
ポテマカサラダ作りに取り掛かる
なんとなく、途中の写真を送っておいた
夜10時半
君に迎えを頼まれたときは
僕が迎えを確かめるときと違って
大体、何かが起きたときだ
夜11時過ぎ
駅で落ちあうと、力なく手を振って鞄を僕に預ける
「今夜は、呑みたいです」
「うん」
コンビニに立ち寄って
いつものレモンサワーと新発売のビールを買った
早速、缶を開けて呑み始める
「今日は、何があったの」
ストレートに聴いてしまった
「つらいです。もう辞めたいです」
このところ、口癖のように言っている
けれど、原因は、いつもそこにはない
「職場で、後輩と話してて。
これからのことに対して、やりたいことがしっかりあるんです。
その人と同じ歳のころ
ちゃんと自分の夢とかやりたいこととかに突き進んでたけど
でも、他の人の方が魅力的なことをしてて
そっちの方に人が集まってて
私なりに頑張ったけど、全然後輩には、敵わないなって。
いまの私には、やりたいこともないし。
あのころに、関わってたみんなとやりたかったことだって
いっぱいあったのに、全然叶えられなくて。
そのときにしか、できないじゃないですか。
いまだって、休みの日に観た映画とか、通勤帰りに読んだ本とか
ああ良いなって思うことたくさんあるんですけど、
仕事をしてると日々に飲まれていって、その繰り返しで。
悔しいんです。それを忘れちゃうことも」
一息に言ってから、缶ビールを放り込んだ
僕は、君と同い歳だったころを思い返して、
いまの自分を見て、どこかデジャヴを覚えた
学業でも仕事でも、傷つくことばかりで
不遇な自分と比べて
周りの人間が普通で、綺麗に見えるからかもしれなかった
心に感情が留まらなかった日々は、
君の言う“飲まれる悔しさ”と似ている気がした
缶の中身は、玄関に辿り着くより早く
二人して空になっていた
話の続きは、僕の部屋ですることになった
「そのときの自分ができなかったなら、
いま君が関わってるひとたちにしたらいい。
すくなくとも、僕にはしてくれてるじゃん」
「それでも私は、あのころにそうしたかった。
もっとちゃんと関わりたかった!」
そう言って、僕のお腹をポカポカ叩きながら泣き出した
やり場のある痛みだから
同じでなくても、甘んじて受け容れる
あのころ。
それはあの鬱屈とした時間のことで
待ったなしに、何もかも変えてしまった
後悔することさえ許してはくれなかった
誰も悪くない
「忘れてしまうのが嫌なら、僕が書き留めておく。
いつも言ってるけどさ、一人でやろうとしなくていいんだよ」
声を掛けるだけが優しさじゃない
泣き止んで、眠るまで頭を撫でた
「ごめんなさい、痛かったですよね」
申し訳なさそうな顔で言われたけど、気にするまでもなかった。
—隣の芝生は青くない—
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