It is what it is.
夕方、君はオープンマイクに出掛けて行った
僕も行きたかったけれど、仕方がない
そう思ったときには、遅かった
また現実の遣る瀬なさに支配されそうになって
久しぶりに涙が出た
数滴だけだったけど止められない
終わらせたいのは、苦しいだけの生活で
幸せになりたいと強く想った
どうにか逃げ出したくて、布団を被る
その間だけは、何も考えなくて済んだ
夜ごはんは見事に食べ損ねた
帰ってきた君と駅前で落ちあう
何だか疲れきっていた
「どうしたんだい?」
「練習してないと、やっぱりだめですね」
自分に求めるレベルが高いから
納得がいく演奏にはならなかったようだった
「炭酸でも飲みたい気分です」
近くのコンビニでサワーを1本ずつ買う
ただの炭酸じゃないのは、大人になった証拠だ
ベンチに腰掛けて缶の蓋を開ける
プシュッと良い音がした
「あの頃ほど、ギターに打ち込めないんですよね」
「いつも全力ってわけにもいかないよ」
「そうですね」
すこし不服そうなのは、自分に対してだろう
「オープンマイクに行ってるのも、
人の繋がりのためって感じがしてますし」
「それで良いんだよ。
まあ、僕らは手が抜けないからさ」
僕が珈琲に、豆から本気で拘っているように
君が自分の音楽に本気なのは、一度聴けば誰だって分かる
それくらい向きあえることがあるって、素敵だと思う
9%のアルコールが徐々に効き始めてきた
「君が出掛けてる間、またやられちゃったよ」
涙の件(くだり)は、言わなかった
「こんな僕で、ごめんね」
「今更ですか?」
そう言って君が笑う
僕らが独りでなくなったあの日
君が意を決して明かした“秘密”を笑い飛ばした
僕と同じ温度の台詞だった
口寂しくなって、追加でスモークチーズを買う
見た目と酔った頭の所為で
一瞬、ミニソーセージと錯覚しそうになる
口に入れてみて、やっぱりチーズだった
終バスが行ったバス停で
居住いを整えて、もうすこし語りあう
僕は君との明日のために仕事を探している
君も将来を考えているのを、ふと思い出して
こんなのがあるよとスマホを差し出した
人生観なんて違って当たり前だけど
そうやってお互いの未来を示し合えるのは
ふたりでいるからなんだろうなあって
なんだか感慨深いものがあった
出会ってからたった半年
変わるところは変わって
変わらないものは尊重しあって
僕らはそうやって歩いてきた
なんて素敵な物語だろう
すっかり酔いは回っていたけど
家には無事に辿り着いた
お風呂にも入った
ちゃんと出来た
そんな気がした。
—It is what it is.—
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